「生きなければ・・・なんとしても生きて帰るのよ」

波間に揺れる救命ボートの上で、一人の若い女性が憑かれたような表情で、
肉にくらいつきながら、こうつぶやいていた。

彼女達の乗っていた豪華客船はイギリスのサウザンプトン港を出港した後、
北大西洋上で氷山に衝突し、気がつくと彼女はボートに一人乗っていたのだった。
いや、正確には一人ではなかった。
怖ろしい事に、そのボートには炎に焼かれた死体が何体も乗っていたのである。

ボートには少量の水はあったが、食料はなかった。
空腹に耐えかねたローズは、ついに禁断の所業に及んでしまったのである。

そして、一人食べれば同じこと・・・。

彼女は何人も何人も食べてしまい、
ボートの片隅には人骨の山が出来たのであった。
倫理とかタブー。
そんなものは、この極限状態でなんの意味もなかった。
ローズはとうにそれを超越してしまい、ただ強く頭の中で繰り返していたこと。
「生きる」・・・ただ、それだけであった。

その時、眩しいほどのライトの光がボートを照らした。
この海域を、生き残りがいないか必死で探していた救助船だった。
船の乗組員はぼんやりとした光の中、
うずたかくつまれた人骨と彼女が喰らいついていた肉を見た。
そして、全てを察したのである。

「生きるために、仕方なかったのよ」彼女は叫んだ。

「しかし」青ざめた乗組員は言った。

「船が沈没したのは、確か昨日ですぜ」
2019/07/10(水) 05:02 笑い 記事URL COM(0)